ホテルグランフェニックス奥志賀ができるまで
《田島和彦自伝》

16. デボラ・カーとアン王女

クロスタースにいる間に知り合った人たちは、たいへん優れた人が多かった。これもクロスタースがセレブを中心に、世界中から洗練された人たちを集める土地という点に負うところが大きかったと思う。

著名人とも知己を得る機会があった。

女優のデボラ・カーの家へ、すき焼きを作りに行ったこともある。彼女とは確か友達の友達の紹介で知り合ったのだが、

「田島さん、日本人なんだからすき焼き作ってよ」

という話になった。彼女は世界中を回って舞台公演をしていたので、ロンドンとかニューヨークあたりですき焼きを食べた経験があったのだろうと思う。

ああいうインターナショナルな人は、いろいろと食べた経験があるから、同じような西洋料理が続くと飽きてしまうのだろう。以後、彼女とはスーパーマーケットでもよく顔を合わせて、「今日はどんな野菜が入ってた?」など、気軽に会話も交わすようになった。

なかなか周囲には信じてもらえなかったが、英王室のアン王女とも顔を合わせたことがある。ある日、友人から「友達が遊びに来るから一緒にどう?」と誘われた。その友達というのが、アン王女だったのだ。全然知らないままに家に行き、友人に「あっちの部屋に友達がいるからお茶を持っていってよ」と頼まれた。

お盆で両手がふさがっているので、足でポン!とドアを開けたら、中にいたのがアン王女だ。向こうも驚いたろうが、こっちもびっくり仰天した。顔には見覚えがあって有名人だと思うのだが、誰だったか思い出せない。

「えーっと、新聞でお会いしましたっけ?」

などと、バカなことを言ったのを今も覚えている。

オードリー・ヘプバーンとグレゴリー・ペックが主演した名画「ローマの休日」のヒロインは、一時、アン王女にとって叔母にあたるマーガレット王女がモデルと言われたことがあった。映画の中では、ヘプバーン扮する「アン王女」が身分を隠してローマを満喫する設定だが、実際のアン王女がクロスタースでの休日を楽しんでいるのを見て、微笑ましく思ったものだ。