ホテルグランフェニックス奥志賀ができるまで
《田島和彦自伝》

4. 病人を背負って6時間の下山行

翌年だったか、やはり乗鞍での学校の登山訓練の時に、頂上から10分ほど下ったところで女性1人、男性2人の一行と出会った。そのうちのひとりの男性は岩陰でうなっており、どうやら盲腸か腹膜炎を起こしかけているらしかった。一刻も早く下す必要があり、同行している男性の話によれば、ここまで病人を背負って下りてはきたが、せいぜい20分が限度だという。私はこれまでかなり重い荷物を背負ってアルプスの縦走をしていたので、多少自信があったことから、

「じゃあ私の荷物を持ってください。あなたを背負いますから」

と、病人を背に鈴蘭まで下りた。6時間ほどもかかっただろうか、うなっている人間を背負うのはかなりたいへんなことだが、命がかかっているのだから勝負に出るしかない。

危険と隣り合わせの山では、考えられる選択肢のなかから何を選ぶのか、一瞬一瞬の決断が生死を分けることにもなる。山のおかげでずいぶんと鍛えられたと思う。